私とビヨンド・ローズ・トゥ・ロードと斎藤文彦

 イッサ・カジワラはブラウンの瞳で、心配そうな視線を送り続けていた。

 “ビヨンド”ローズ・トゥ・ロード オンリーコンベンションが始まったコンベンション会場を、外からそっと覗くカジワラは既におじいちゃんだ。ゲームマスターの卓紹介に、一々、うんうんと頷いている。
 セッションが開始されると、ほっとため息をついてカジワラは早々に会場をあとにした。もう自分は用済みだってことらしい。何十年にも及ぶ現役生活でカジワラは体のあちこちにガタがきている。

「裏庭にシャベルで穴を掘ってね、埋めちまうんだ。埋めちまえばそれまでだろ。でもしばらくすると、どうしても気になって掘り返しちまうんだ。そのくり返し」
 何のことかと思ったらRPGのお話だった。どこに埋めたか忘れてしまえば良かったのかもしれないけれど、宝物を埋めた場所を忘れるはずない。どうしても我慢できなくなると、カジワラは裏庭の土を掘り返し、ボロボロになったRPGを拾い上げて、抱きしめた。もう何度も何度もそんなことを繰り返してきた。

 会場の外に出ると、カジワラはボーイズの作ったパンフをニコニコしながら開いて指で示した。
「これを書いたのがナオト・カドクラ、こっちがトモユキ・フジナミ。どっちもレジェンドLegend。俺の興業のパンフにレジェンドが名を連ねてる」
 カジワラは、パンフレットに書かれた小林正親の文章を嬉しそうに眺めている。しばらく読みすすめるうちに、何かに気がついたように大声を上げた。
「見ろよ!サケ・イノウエのコラムを!!桃尻ファイターだぜ!!!」
 大声に驚いた周りの人の視線に気付くと、カジワラは照れくさそうに頭をかいた。

 カジワラはローズと関わる上で一番大切なことは"サスペンション・オブ・ディスビリーフ suspension of disbelief"だと力説する。これは非常に日本語に訳しにくい表現である。サスペンションはぶら下げること、ぶら下がっている状態、保留、延期、停止、休止を意味する名詞。ディスビリーフは信じないこと、不信、疑惑、懐疑、怪しむこと。
 19世紀の有名な詩人コールリッジの"ウィリング・サスペンション・オブ・ディスビリーフ willing suspension of disbelief"という有名な言葉は、日本では一般的に"虚構を信じること"と訳されている。これ以外に翻訳のしようが無かったのかもしれない。

「ユルセルームにこんなに人が集まったんだ。サスペンション・オブ・ディスビリーフ」
 そういうとカジワラは、今日はこれでおしまいとばかりに帰り支度を始めた。“ビヨンド”ローズコンの次はあるのかとの問いを投げかけるとカジワラはこちらに視線を送った。
「いつもローズって訳にはいかないだろ。まだまだ沢山RPGがあるんだ。でもネバー・セイ・ネバー(ないとはいえない)……」
 そこではたと足を止めると、カジワラはしばし考えこんでから続けた。
「もっとも次回は“ファー”ローズ・トゥ・ロード オンリーコンベンションだから、ここから遙か離れた場所で開催だな」
 そういってニヤリと笑ったカジワラは、おじいちゃんではなくボーイズの顔をしていた。
 ボーイのブラウンの瞳がやさしくキラキラ輝いた。

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